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横浜地方裁判所 平成6年(ワ)4495号 判決 1998年2月17日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

羽成守

菅谷公彦

被告

乙川春男

右訴訟代理人弁護士

大久保博

右訴訟復代理人弁護士

大関亮子

主文

一  被告は、原告に対し、五八六九万〇二六五円及びこれに対する平成四年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

第一  請求

被告は、原告に対し、九四八九万五九五八円これに対する平成四年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の運転する軽四輪貨物自動車が見通しの悪いカーブにおいて道路中央を越えて進入してきたため、対向走行中の被害者の運転する原動機付自転車に衝突し、被害者が右足関節開放骨折、右下腿挫創等の傷害を負い、筋肉の高度の挫滅創により急性腎不全となり、心停止を起こし蘇生後脳症となり、死亡したとして、被害者の母親である原告が、被告に対し、自賠法三条に基づき損害賠償の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実及び括弧内の証拠により認められる事実

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一)  日時 平成四年一〇月六日午前七時一五分頃

(二)  場所 神奈川県海老名市本郷四二〇五番地先市道

(三)  被害車両 原動機付自転車

運転者  訴外甲野太郎(以下「太郎」という。)

(四)  被告車両 軽四輪貨物自動車

運転者  被告

(五)  態様

見通しの悪いカーブで、被害車両と被告車両が正面衝突した(甲一)。

2  太郎が本件事故から死亡するまでの経過

本件事故により、太郎は右腓骨、右第一、二、三中趾骨開放性骨折、右足関節開放骨折、右下腿挫創の傷害を負った。

その後、太郎は、平成四年一〇月六日に、宗教法人寒川神社寒川病院(以下「寒川病院」という。)において観血的整復固定術を施行されたが、筋肉挫滅、急性腎不全を発症し、同月八日及び同月九日の二回にわたって心停止を起こし、蘇生後脳症となった。

太郎は、同月九日、東海大学大磯病院に転院して右下腿切断術を施行され、同年一一月五日に右大腿部切断術を施行され、平成五年五月一二日に寒川病院へ転院し、同年七月二七日に因果関係両法人中本会中本病院(以下「中本病院」という。)へ転院したが、平成六年三月一二日に死亡した。

なお、太郎の右入院日数の合計は五二三日である(重複分を除く。)。

3  損害の填補

太郎ないし原告は、労働者災害補償保険から療養補償給付として一九五二万一二四四円及び日動火災海上保険株式会社から一二八万〇九五四円の給付を受けた。

4  被告は、自賠法三条に基づく運行供用者責任を負う(乙四)。

二  争点

1  本件事故と太郎の死亡との因果関係

(原告の主張)

太郎の死亡が本件事故と因果関係のあることは、次に述べるとおり明らかである。

すなわち、太郎は、本件事故により受傷した症状は、右足の関節部、骨部の脱臼、開放骨折、骨欠損、出血性関節炎、右下肢のコンパートメント症侯群、とりわけ骨に達するほどの筋肉組織の高度挫滅という重篤なものであったため、約五時間にわたる大手術が施行された。

太郎は、右高度の挫滅創によるミオグロビン遊離を主因として、死亡の可能性の高い急性腎不全及び急性肝不全を来たし、手術後の出血及び自制できない創痛のため一時的せん妄状態となり、その後、心停止を起こし、それによる蘇生後脳症で意識障害となって、結局、多臓器不全で死亡したものであるから、本件事故と太郎の死亡との因果関係は明らかである。

なお、太郎の入院中の不穏行動は、本件事故による重篤な損傷とそれによるコンパートメント症侯群による激痛を原因とするもので、また、太郎は右不穏行動による傷害の悪化は交通事故による大きなダメージからみればほとんど問題とならず、本件事故と傷害との因果関係に影響を与えるものではない。

(被告の主張)

アルコール禁断症状を発症した以降の太郎の症状、傷病及びそれによる死亡が本件事故と因果関係がないことは、次に述べるとおりである。

すなわち、太郎は、本件事故によって、右腓骨、右第一、二、三中趾骨開放性骨折、右足関節開放骨折、右下腿挫創の傷害を負ったに過ぎず、右傷害は、観血的整復固定術を施行し、その後安静治療したうえ、リハビリテーションを施せば、受傷後半年ないし一年で完治する程度のものである。

ところが、太郎は、本件事故前から有していたアルコール性肝障害、アルコール依存症の疾病が原因となって、観血的整復固定術施行後からアルコール禁断症状を発症して不穏行動となり、点滴の針やギプス、包帯などを自らはずして患部をかきむしったり、壁や床に患部を打ち付けたり、患肢のまま歩行、徘徊するなどしたために術後感染を惹起し、悪性症侯群、挫滅症侯群となり、それによる呼吸不全、心停止、急性腎不全を引き起こして死亡したものであるから、太郎の死亡と本件事故との間に因果関係は認められない。

仮に、本件事故との間に因果関係が認められるとしても、本件事故による太郎の受傷部位、程度、アルコール禁断症状を発症した以降の太郎の症状、傷病の発症の経緯等を総合考慮すれば、本件事故の寄与度は多くても三〇パーセント程度である。

2  過失相殺

(被告の主張)

本件事故現場付近は、クランク状にカーブが連続する狭い単路であるうえに、本件事故現場は、九〇度カーブで前方の見通しが困難な場所であったから、太郎はカーブミラー等によって前方を注視し適宜速度を調節して、進路の安全を確認しながら進行すべき注意義務を負っていたのに、これを怠り進行した過失がある。

太郎の右過失に、太郎が本件事故当時飲酒運転であったことも併せ考慮すれば、太郎の過失割合は四〇パーセントが相当である。

(原告の主張)

被害車両が進行道路左側端を進行中に、被告車両が道路中央を越えて被害車両の進路前方に進入したために、被害車両の右側面に衝突したものである。本件事故の主たる原因は、被告の無謀な運転によるもので、太郎には本件事故を回避することはできなかった。

太郎は、本件事故当日、飲酒しておらず、本件事故の発生に太郎の飲酒運転は関与していない。

したがって、太郎には斟酌されるべき過失はない。

3  損害額<省略>

4  損害の填補について

(被告の主張)

太郎ないし原告は、労働者災害補償保険から、療養補償給付の外、休業補償給付として一七四万三四〇二円、休業特別支給金として九七万八四九二円の損害の填補を受けた。

(原告の主張)

休業特別支給金について、損害額から控除しないことは、確定した判例である。また、同様に休業補償給付も、専ら労働者の生活保障という社会政策目的によりなされるものであって、損害の填補の性格を有しないから、控除すべきではない。

第三 争点に対する判断

一  本件事故と太郎の死亡との因果関係について

1  太郎が本件事故から死亡するまでの経過

前記争いのない事実に証拠(<書証番号略>)を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  太郎は、本件事故による受傷直後、救急車で海老名厚生病院へ搬送され、レントゲン撮影の結果、右腓骨、右第一、二、三中趾骨骨折(開放性)と診断され、右足ソフトシーネ固定、点滴(ソリタT三号五〇〇ミリリットル)を受けたものの、手術する医師が不在のため、寒川病院へ転送された。

(二)  太郎は、平成四年一〇月六日午後〇時二〇分、寒川病院に入院した。太郎の右入院時の状況は、体温36.2度、脈拍六七、血圧一三〇/四〇ミリメートル水銀柱であり、意識、精神状態とも正常であった。

太郎は、寒川病院において右膝関節出血性関節炎、右下肢裂傷、右足関節の開放性脱臼骨折、右下肢コンパートメント症侯群、右腓骨骨折と診断され、同日午後二時一〇分から同日午後七時一〇分まで、デブリードマン(病巣清掃)、観血的整復固定術、減張切開術を施行された。

太郎は右手術直後から創痛を訴え続けるようになり、鎮痛剤であるソセゴン、ボルタレンスポの投与を度々受けた。また、この頃から、太郎には軽度の不穏行動、多量の発汗、頻脈傾向が認められるようになった。

太郎の尿は、同月七日午前六時に暗赤色、同日午前九時三〇分には褐色であり、潜血テステープで強い陽性を示していた。また、同日の太郎の血液検査の結果、RBC(赤血球数)二一四万、Hb(ヘモグロビン)7.7、GOT一六二、GPT一一八であった。

太郎は同日も落ちつきがなくシーツが血液で汚れる、安静にしていないでベッドから起き上がろうとするなどの不穏行動が続いた。また、多量の発汗、頻脈傾向も続き、振戦も認められるようになった。

同日夕方から、太郎の不穏行動が激しくなり、安静の指示を守らないで、さかんにベッドからおりようとする、点滴を自分で抜く、病室内を徘徊するなどの不穏行動が認められた。さらに太郎は、ギプスシーネと包帯を外して創を手でかきむしるなどの行動をしたため、再消毒とギプス(短下肢)の処置が施された。なお、この頃、太郎の右不穏行動に対し、セレネース一アンプル、コントミン合計三アンプルを三回に分けて投与された。

太郎は、その後も同月八日の朝にかけて、ギプスを外そうとする、ギプスのまま歩き回るなどの不穏行動を続け、太郎の体のあちこちに打撲が認められた。

太郎は血中アンモニア量を測定するため採血中同日午前九時二二分に心停止したが、心肺蘇生術が施行されて回復し小康状態となる。

太郎の同日午前一一時三〇分の血液検査の結果は、GOT一〇一六、GPT一六二であった。

その後の太郎の状況は、血圧が二〇〇を超え、体温38度から39.2度、頻脈、発汗、筋硬直が認められ、太郎は人工呼吸器を装着された。

同日午後八時の太郎の血液検査の結果は、CPK一二一〇〇、Cr(クレアチニン)二五、BUN(尿素窒素)二〇であった。

太郎は、同月九日午前八時四五分に呼吸停止、心停止した(主治医は、右心停止の原因について「人工呼吸器の故障のためか」とする。)が、心肺蘇生法を施行された。

太郎は蘇生後脳症を発症した。

太郎の血液検査の結果は、同日午前九時三〇分、BUN47.1、Cr6.8、CPK八〇四〇〇であり、同日午後〇時三〇分には、BUN五二、Cr7.0、CPK八五三〇〇であった。

同日午後には太郎は無尿となり、医師から人工透析の適応と判断された。

(三)  太郎は、平成四年一〇月九日、高次医療が必要となったため東海大学大磯病院に転院した。太郎は下肢筋肉の循環障害が著しく右下腿切断術を施行されたが、術後創感染のため、同年一一月五日に右大腿部切断術を施行された。その後も断端部感染が続き、同月二七日、同年一二月七日、同月一七日及び同月二四日にデブリードマン、断端再形成術を施行された。この間、同年一一月中旬から平成五年二月まで創培養でMRSA陽性が続いた。同年三月に創癒合傾向となった。

また、急性腎不全に対しては、平成四年一〇月九日から同月三〇日まで血液透析を施行された結果、徐々に尿量が増加し、同年一二月にはCrも正常化した。

さらに、太郎は、蘇生後脳症のため、意識レベルが低く、また、四肢拘縮が強く、日常生活動作は全面的介助を要する状態であり、平成五年四月一九日に身障者手帳(一級)を申請し、認められた。褥創も出現するようになった。

(四)  太郎は平成五年五月一二日、咽頭培養でMRSA陽性のまま寒川病院へ転院した。右入院中も、時々、仙骨部の褥創からMRSA陽性を示した。

(五)  太郎は、平成五年七月二七日に中本病院へ転院した。

太郎は、平成六年二月下旬ころから上部消化管出血、播種性血管内凝固症侯群、肺炎、心不全を発症し、同年三月一二日、敗血症による多臓器損傷のために死亡した。

2  本件事故と太郎の死亡との因果関係について

(一)  前記1で認定した事実に証拠(<省略>)を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 挫滅症侯群は、重量物により身体、特に四肢の筋組織が広汎に破壊され、ミオグロビンが遊離し、急性腎不全を発症する一連の症侯群をいい、コンパートメント症侯群は、打撃を受けた結果、組織の内圧が上昇し、局所の血流障害を起こすものをいう。

(2) 被告車両右前部に被害車両右側部分が衝突したという事故態様(後記二で認定)及び前記一で認定した受傷の程度に鑑みると、太郎の右足は本件事故によって相当程度の衝撃を受けたものと推認される。

(3) 太郎は、前記一で認定したとおり、右膝関節出血性関節炎、右下肢裂傷、右足関節開放骨折及び脱臼、右下肢コンパートメント症侯群、右腓骨骨折の診断を受けており、太郎の右足関節の前後の組織がかなり広汎な挫滅状況を呈し、また、コンパートメント症侯群による右下肢の血流障害があったものと推認される。

(4) 本件事故は平成四年一〇月六日午前七時一五分頃に発生し、太郎が寒川病院に入院したのは同日午後〇時二〇分であり、この間、海老名厚生病院において応急処置はなされたものの、本件事故による受傷から入院までに約五時間が経過しており、開放骨折を伴う創全体にとっては、汚染、感染等を含めて決して良好な状態にあったとはいえない。

(5) 本件事故直後には太郎の尿について精密な検査はなされていないものの、本件事故の翌日である平成四年一〇月七日の太郎の尿が、午前七時には暗赤色で、午前九時三〇分には褐色で潜血反応が強い陽性を示しており、太郎の右足患部の筋肉の挫滅、壊死によるミオグロビン尿がかなり早い時期から発現していたものと推認される。

(6) BUNの基準値は九ないし二一、Crの基準値は0.6ないし1.2であるところ、本件事故の三日後である平成四年一〇月九日午前から経時的に異常高値を示し、無尿のため人工血液透析が必要となっており、この頃、右足患部の筋肉の挫滅による壊死が進行し、ミオグロビン血症による急性腎不全が発現したと推認される。

(7) 同じく平成四年一〇月九日には、太郎の右下腿切断術が施行されており、右切断術施行後にも太郎の右大腿部について、切断、デブリードマンが繰り返されており、太郎の右足患部の挫滅、壊死、創感染も相当程度進行していたものと推認される。

(8) 太郎は、右切断術施行後から、治りにくいMRSAに感染し、MRSA感染が断続的に続いており、太郎は右感染症の結果死亡した。

以上の事実が認められ、これらの事実を総合すると、本件事故により、太郎の右足患部の筋組織が高度に挫滅したために、太郎は挫滅症侯群を発症して筋肉の挫滅壊死による組織からのミオグロビン遊離を来たし急性腎不全となり、血液透析により腎機能は正常に回復したものの、右足患部の壊死・感染が進行し、右下腿と右大腿の切断術を受けることになった。しかし、切断部の状況が思わしくなく、数回のデブリードマンが施行されるも術後感染がみられ、消化器出血、貧血、尿量減少を来たして死亡するに至ったことが認められ、したがって、本件事故と太郎の死亡との間には因果関係があるというべきである。

(二) これに対して、被告は、太郎が観血的整復固定術施行後からアルコール依存症の疾病が原因となってアルコール禁断症状を発症し、術後感染を惹起し、悪性症侯群、挫滅症侯群となりそれによる呼吸不全、心停止、急性腎不全を起こし死亡したとして、太郎の死亡と本件事故との間には因果関係はないと主張する。

しかしながら、被告の右主張は、次に述べるとおり、理由がない。

(1)  太郎が肝機能障害を有し、アルコール禁断症状を発症したとしても、本件事故と死亡との因果関係は以下述べるとおり否定することはできない。

証拠(<省略>)によれば、太郎はアルコールが好きで本件事故に遭遇するまで日本酒一合程度を毎日のように摂取していたこと、平成四年八月頃には、アルコール性肝臓障害との診断を受け入院を勧められたが入院しなかったことが認められ、右事実に前記認定の太郎の一連の不穏行動、太郎にアルコール依存症をうかがわせる多量の発汗、振戦が認められたこと、実際に太郎の治療にあたった寒川病院医師は、太郎の右不穏行動はアルコール禁断症状が出現したものであると考えていることを併せ考慮すると、太郎が本件事故後にアルコール禁断症状を発現した可能性があることは否定できない。

しかしながら、前記一で認定したとおり、太郎は、平成四年一〇月六日に観血的整復固定術を受けてから、頻繁に痛みを訴え続け、強力な鎮痛剤が使用されていることからすると、右手術による痛みは相当強く耐え難いものであり、アルコール禁断症状の発現の有無にかかわらず、太郎に不穏な行動がみられると考えられること、証拠(<省略>)によると、太郎には本件事故による重篤な損傷による右下肢にコンパートメント症侯群があり、このため耐え難い痛みがあり、下肢に血流不全が生じていることの方が、右不穏行動によるダメージよりはるかに大きく、右足患部の挫滅・創感染は、太郎の前記不穏行動によって発生したものとは認めがたいこと、右不穏行動は、右手術による出血後の一般的せん妄状態とか、頻脈傾向、貧血状態が続いたことから、出血のためのせん妄状態がその原因である可能性があることが認められる。

また、アルコール性肝臓障害の点については、証拠(<省略>)によると、本件事故前の太郎の肝機能障害の程度は明らかではないが、事故の翌日には、GOT一六二、GPT一一八と中等度に上昇しているが、これは右足患部の挫滅による影響が加味していると考えられ、必ずしも事故前の肝機能の状態を反映しているものではないこと、太郎の全身状態が比較的落ち着いた平成四年一一月三〇日の検査成績によると、TP、Alb、コリンエステラーゼは低値を示しているが、GOT、GPTは正常範囲に戻っていることから、太郎に軽度の肝機能障害があったが、これによって死亡するような状況ではなかったこと、また、一般に肝機能障害が増悪すると、GOT値よりもGPT値が高くなるところ、平成四年一〇月七日と同月八日の血液検査の結果を比較すると、GOT値は著しく上昇しているのに対し、GPT値はGOT値ほど急激には上昇していないことからすると、著増のGOT値は、太郎の肝機能の状態が悪化したためではなく、太郎の右足患部の筋肉等の挫滅、壊死によって惹起されたものと判断するのが合理的であることが認められる。

以上の事実を総合すると、アルコール禁断症状を発症したため、術後創感染を惹起し死亡するに至ったと断定することはできない。

(2)  本件においては、次に述べるとおり悪性症侯群の発現は認められない。

証拠(<省略>)によれば、悪性症侯群とは、基礎疾患として精神疾患があり、抗精神病薬の投与中に発生するものをいうとされる。そして、その主要な症状として、自律神経症状(異常高熱、蒼白、発汗亢進等)、錐体外路症状(振戦、筋強剛、ミオクローヌなど)、意識障害、CPKの高値等がある。

前記認定のCPKの異常高値、セレネース、コントミンの投与、高熱、筋硬直、多量の発汗が認められたことから、悪性症侯群の発現を疑う理由はある。

しかしながら、太郎の右下腿切断後にCPK値が激減していることから、平成四年一〇月八日、九日のCPK値の異常高値については挫滅症侯群の結果としても十分説明可能であること、また、太郎には精神疾患の既往があったことを認めるに足りる証拠がないことからすると、太郎が本件事故後に悪性症侯群を発症したものとは認められない。

3  寄与による減額について

なお、仮に、本件事故と太郎の死亡との間に因果関係が認められるとしても、被告は、本件事故による太郎の受傷部位、程度、アルコール禁断症状を発症した以降の太郎の症状、傷病の発症の経緯等を総合考慮すれば、本件事故の寄与度は多くても三〇パーセント程度であると主張する。

前記認定のとおり手術後には病院の安静指示を守るべきところ、太郎は、ギプスシーネと包帯を外して創を手でかきむしる、点滴を自ら抜く、ギプスのまま歩き回るなどの不穏行動をした結果、太郎の創感染ないし挫滅の程度を悪化させたことは否定できない。

太郎の右不穏行動が本件事故による損害の発生、拡大に寄与したものと認められることから、当裁判所は、損害の公平な分担の見地から、原告の損害額から二割を減額することが相当であると判断する。

二  過失相殺について

1  証拠(<書証番号略>)によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、幅員4.6メートルの歩車道の区別のない市道(農道)で、杉久保方面から綾瀬方面に向けて北西から北東に九〇度の左カーブ、南西から南東に九〇度の右カーブが連続した単路であり、左カーブの左側及び右カーブの右側に高さ約三メートルのビニールハウスが建っており、カーブの先の見通しは悪く、カーブミラーが設置されている(その概況は別紙図面のとおりである。)。

車道には上下線の区別はなく、公安委員会の規制はない。本件事故現場の車両の通行量は閑散である。

被告は、杉久保方面から綾瀬方面に向けて、時速三〇キロメートルで別紙図面①(以下、記号のみを示す。)から左カーブを曲がり、道路中央よりやや右側部分の②を進行して、③で右カーブを曲がろうとして右前方を確認したところ、ア地点に被害車両を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、×の地点で被告車両右前部に横滑りした被害車両右側部分が衝突した。

本件事故現場には真新しい二条のスリップ痕が路面に印象されており、被告車両の損傷部位は右側前部バンパーであり、被害車両の損傷部位は前輪右側部である。

2  右認定事実によると、太郎も前方の安全確認義務を負っていたものと認められるが、本件事故の衝突地点は太郎が走行していた道路の中央左寄り部分であり、また、被害車両が本件事故の際に横滑りして衝突したのは、太郎自身も被告車両を発見して回避措置を講じていたためであると推認されることから、太郎には本件事故につき斟酌されるべき過失は存在しないものと認められる。

3  なお、被告は、太郎が本件事故当時飲酒運転であったと主張している。

しかし、証拠(<書証番号略>)によれば、被告は、本件事故直後、太郎から「酒を飲んでいた」と聞かされたことを、事情聴取された警察官に対し述べたこと、警察官が太郎の飲酒の事実を確認しようとしたが、太郎は海老名厚生病院から東海大学病院に転送され、太郎の飲酒の事実を確認することができなかったことが認められる。

右事実のみでは、太郎は本件事故当時飲酒の上、運転していたとまでは認めることはできず、他に、太郎が本件事故当時飲酒していたことを認めるに足りる証拠はない。

以上によると、被告の右主張には理由がない。

三  損害額について

1  積極的損害 二三〇五万五一四七円

(一)  治療関係費 二〇六三万八三三四円

証拠(<書証番号略>)によれば、太郎は、本件事故後、前記のとおりの治療を受け、その治療関係費として、①海老名厚生病院に対し四万〇六七〇円、②寒川病院に対し二二五万一八七八円、③東海大学大磯病院に対し一二四九万一二八四円、④中本病院に対し五八五万四五〇二円が各支払われたことが認められるから、本件事故による治療関係費の合計は二〇六三万八三三四円となる。

(二)  付添看護費 一一〇万四七五三円

前記一で認定した太郎の受傷の程度に鑑みれば、太郎は中本病院入院中の平成五年七月二七日から同年一〇月三一日までの間、付添看護を必要としたことが認められ、証拠(<書証番号略>)によると、右付添看護費用として一一〇万四七五三円を要したことが認められる。

(三)  入院雑費 六七万九九〇〇円

太郎の本件事故後の入院日数は五二三日間であることは当事者間に争いがなく、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円が相当である。

一三〇〇(円)×五二三(日)

=六七万九九〇〇(円)

(四)  通院交通費 六三万二一六〇円

証拠(<省略>)によれば、大阪に居住している原告及び太郎の妹は、入院中の太郎に付き添うために東海道新幹線(新大阪・新横浜間)を利用して入院先との間を二四回往復したこと、そのため交通費として少なくとも一人あたり往復二万六三四〇円を支払ったことが認められる。

二万六三四〇(円)×二四(回)

=六三万二一六〇(円)

2  消極的損害 四八四七万六四六四円

(一)  休業損害 八二五万八二〇九円

証拠(<書証番号略>)によれば、太郎は本件事故当時、毎日新聞海老名専売所において、新聞の拡販、集金及び配達等の業務に住み込みで従事していたこと、太郎の平成四年一月から本件事故直前の同年九月までの収入の合計金額は四三七万二〇〇〇円であることが認められ、右事実からすると、太郎は月額四八万五七七七円、年収五八二万九三二四円を得ることができたものと認められる。

そして、太郎が本件事故後死亡するまで一七か月余の間、新聞配達員として稼働し得なかったことが認められることから、太郎の本件事故による休業期間一七か月の休業損害は八二五万八二二一円と認められる。

四八万五七七七(円)×一七(月)

=八二五万八二〇九(円)

(二)  逸失利益 四〇二一万八二五五円

太郎は、昭和二五年五月三〇日生まれで、死亡当時四三歳であるから、本件事故に遭遇しなければ、六七歳に達するまでの二四年間にわたって前記のとおりの年収額を得ることができたものと推認されるので、右金額を基礎として算定することが相当である。そして、右金額から生活費割合として五割を控除し、ライプニッツ方式計算法により二四年間の中間利息を控除すると、太郎の逸失利益は四〇二一万八二五五円が相当である。

582万9324(円)×(1−0.5)×13.7986=4021万8255(円)

この点、原告は、太郎は大学を卒業しているから、賃金センサス平成四年第一巻第一表男子労働者旧大、新大卒四〇歳〜四四歳の平均年収である八一七万二三〇〇円を基礎収入として算定すべきであると主張する。

しかしながら、証拠(<書証番号略>)によれば、太郎は昭和六二年頃から本件事故に遭遇するまでの約六年間にわたって新聞拡販、集金及び配達等の業務に従事していたこと、その間の収入は一定しないものの、前記認定のとおり太郎は年収として五八二万九三二四円を得ていたものと推認されるが、原告が主張するように太郎が右金額を上回る収入を獲得する蓋然性についてこれを認めるに足りる証拠はないので、逸失利益についても右金額を基礎収入として算定することが相当である。

3  慰謝料 合計二〇〇〇万円

本件事故の経過、態様、死亡に至る経緯その他一切の事情を考慮すると、太郎の死亡による精神的苦痛を慰謝するには、太郎について一八〇〇万円、原告について二〇〇万円が相当である。

4  相続

太郎の右1ないし3の損害額の合計は八九五三万一六一一円であるところ、証拠(<書証番号略>)によると、原告は太郎の母親として太郎の被告に対する右損害賠償請求権を相続したことが認められる。原告の損害額は、右損害額に原告固有の慰謝料二〇〇万円を合計した九一五三万一六一一円である。

5  寄与による減額

前記認定のとおり太郎の本件手術後の不穏行動が本件事故による損害の発生、拡大に寄与したものと認められることから、原告の損害の二割を減額する。

右減額の結果、原告の損害額は七三二二万五二八八円となる。

6  損害の填補

被災労働者が、労働者災害補償保険から受領した休業補償給付についてはその損害額から控除し、休業特別支給金についてはその損害額から控除しないのが相当であると解される(最高裁昭和五二年一〇月二五日第三小法廷判決・民集三一巻六号八三六頁、平成八年二月二三日第二小法廷判決・民集五〇巻二号二四九頁参照)。

太郎ないし原告は、労働者災害補償保険から療養補償給付として一九五二万一二四四円及び日動火災海上保険株式会社から一二八万〇九五四円を各受領したことは、前記当事者間に争いのない事実であり、証拠によると、休業補償給付として一七四万三四〇二円を受領したことが認められるから、これを損害の填補として右5の原告の損害額から控除する。

なお、労働者災害補償保険から受領した療養補償給付については同保険給付が対象とする損害と同一の性質を有する治療関係費のみを填補するものと解されることから、右5の減額後の原告の治療関係費の額(一六五一万〇六六七円)を上回る右保険給付部分については、損害の填補として控除しないものとして計算する。

右損益相殺の結果、原告の損害額は五三六九万〇二六五円となる。

7  弁護士費用 五〇〇〇万円

原告が本件訴訟の提起、遂行を原告代理人に委任したことは、当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、審理経緯及び認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟遂行に要した弁護士費用は、五〇〇万円が相当である。

四  以上の次第で、原告の請求は、五八六九万〇二六五円及びこれに対する本件事故の日である平成四年一〇月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官日野忠和 裁判官安井省三 裁判官橋本修)

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